この物語は、3rdの仲間であるライターが取材し、書き下ろしたもの。 お店とともに、この物語も進行していきます。
3rd story-1
理想のお店づくりがはじまります。
お店という舞台が好き。そんな男がいました。
その男の一番はじめの舞台は、アパレルブランドの洋服をあつかうお店でした。お店が好きで、
お客様が好きなその男は、毎日一生懸命はたらきました。しだいにがんばりが認められて、
新しいお店の出店をとりしきるプロデューサーとなり、お店をつくって軌道にのせたら、また次へ。
そして、そのまた次へのくりかえし。全国各地を飛び回る生活になっていきました。そんな生活が
何年か続いたある日の夜中のこと。男は一人、つぶやきました。「なんか違うな…」、と。
今の自分のしていることは、どちらかといえばお店という舞台そのものか、箱を作っている
ようなもの。自分はやはり、舞台の上に立ちたいのだ、そう思ったのです。さらに、流行に
左右されて消費され続けていくファッションの世界に、さびしい気持ちも感じていました。
自分はやっぱり、お店という舞台の上に立つのが好き。お客さまと直接お話して、長い年月を
かけて愛されるような商品をおすすめしたい。そう思った男は約一年後、それら全ての希望を
叶える舞台を見つけます。それは、家具のお店。いつだって人の生活のまんなかにいて、その人、
そしてその人の家族と一緒に時を刻んでいく家具に関わっていきたいと考えた男は、すぐさま
青山のとある家具店で働きはじめます。そこで家具の素材から設計、インテリアコーディネイトの
ことなど、なんでも貪欲に学びました。そして、順調にいっているかのようにみえた2年後、
「なんか違うな…」。また男はつぶやきました。自分の理想とするお店とは、少し違うことに
気づきました。「よし、もっと理想の自分に近づこう」。また決意を固め、まだ3店舗しかない、
新しい家具店の4店舗目の店主としての道を歩み始めました。
人に喜ばれるモノづくりが好き。そんな男がいました。
モノをつくることが好き。人を喜ばせることがもっと好き。そんな男が最初にはじめたのは、
産業機器のプロダクトデザイナー。美術系の学校を卒業してから、2年半。多くの工具や機械を
デザインし、いくつかのデザイン賞も受賞しました。順風満帆、そんな言葉がぴったりと
くるような人生。 「でも、なんか違うな…」。 この男も、夜中にひとりで設計をしながら、
そうつぶやきました。産業機械とは、仕事のための道具。どんなに良いと言われるモノを作っても、
時代が変われば、形も変わってしまう。大量に生産されて、消費されていくモノよりずっと残る
モノを生み出していきたい、その時、男の頭の中に家具が浮かびました。アンティークと呼ばれる
ような素晴らしい家具たちは、100年前に作られたものでも、現役で使われつづけている。
そんな、家具を作りたい!男は強く願いました。
どうすれば家具をつくる職人になれるのか。調べに調べて、とある家具屋の工房を見つけた男。
そこに頼み込み、一から見習いとして修行を始めました。家具を作ったこともない素人。
しかも、周りの職人の先輩はみな若い。しかし、そんなことは小さいこと。夢の世界に
飛び込んだ男は、家具づくりにどっぷり漬かっていきました。そして8年。すっかり職人として
成長した男は、独立する道を選びます。小さいながらも、家具づくりだって、内装だって手掛ける
こともできる工房を借り、頼まれたものはなんでも一生懸命つくり続けました。しかし、少し
大きめの工房に移らなくてはいけないほどの製作依頼が舞いこむようになった時、またもや
「なんか違うな…」 とつぶやきました。もっと、直接使う人の顔が見たい。そして、その人を
喜ばせるためにモノが作りたい。そう思ったのでした。
2人の男が出会いました。
お店という舞台が好きな男と、人に喜ばれるモノ作りが好きな男。2人が運命的な出会いを
するのは、神奈川県の片隅にある家具店でした。最初は、その家具店の店主とお客さんとして。
何気なくお互いに話し始めた2人。お店について、家具について、お互いの考えが似ていると
気づくのにそう時間はかかりませんでした。お店が終わった後や、休日、気がつけばお互いに
時間をつくり、「理想のお店像」や「理想のモノづくり論」なんてことについて語り合いました。
そしてとうとう、2人でお店をつくることを決めました。気づけば40代。ギャンブルができる
年齢でもありません。でもチャレンジします。これ以上「なんか違う…」と言いたくないから。
お店の名前は「3rd」。
それぞれの人生で3度目の大きな岐路という意味をこめました。
二人の男の夢が今、はじまります。
